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すずめ日記

アメリカ田舎生活。いろいろあるよね。

若人

今回は、日本人留学生のお話です。

先日大学院の授業でアメリカにおける人種別の学力ランキングを調査しました。ダントツ、本当に突き抜けて一位はアジア系!クラスで唯一のアジア人として、とても気分が良かったのですが。さて、その『アジア系』の内訳というと。。。いない、日本人がいない。最近は海外に出る日本人が少ないとよく聞きますがそれは数字にも出ています。

見渡してみれば、広大な州立大のキャンパスの中に日本人の正式な(短期等でない)学生は私を含めてたった二人。

先日、その貴重な相方君から嬉しいお知らせが来たんです。日本の某大学から日本人学生が15人来るらしい、と。しかも大学が彼らの勉強の個人指導をできる人を捜している、ということで早速『やります!』と志願したところあっさり採用になりました。

相方君(20代後半)によると、『ワッカイですよ。とにかく。ほとんど女の子で、みんなきゃぴきゃぴと元気で、何かやられました』そうで、そんな、20代でそうだったら40の私はどうなっちゃうんだろうとやや不安を抱えた初日。

大学の方から頼まれて、日本語で連絡事項を伝えたあとに始まったセッションでは英語のみ。私が担当になった二人のお肌ぴちぴち、髪の毛つやつやの女の子達は『この人、なんなの?!なに人??』と多少戸惑っていたものの、にこやかに挨拶をしてくれました。一週間前についたばかりで、それでももう日本食が恋しいですという二人。そうかそうか、と早速セッションを始めました。

二人はそれぞれとっているクラスから出ている宿題を持って来ていて、それに取り組むのですがその宿題が難しい!!二人のうち一人はあんまり英語もできないみたいで、宿題になっているビデオを前に、氷のように固まっています。『ええと、何か聞き取れたかな?』と聞いてみると7分前後のビデオの中から本の数語だけ。しかも本題と全く関係ない言葉ばかり。自分より、自分の娘との方がよっぽど年の近いその子を見ながら大丈夫だろうか、とかなり心配に。

それでも、必死に何回も何回もビデオを見続ける様子を見ていたら何だか感無量になってしまいました。この子は、きっとすごい勇気を振り絞って居心地のいい家や友達を残してここに来たんだろうなーと思ったら(いや、実際は違うかもしれないのですが)何だかジーンとしてしまいました。

これから8月まで、頑張れ!

列車の旅

今回はアメリカの長距離列車事情です。

先週、大学院が春休みでした。4月に年度が替わらないアメリカでは春休みといっても一週間だけ。しかも狙ったように休み明けが提出期限、と言う課題が多いので多くの大学院生にとっては普段と変わらない、又は普段より勉強する日々。そんなの絶対にいや!と思った私は思い切って一週間彼の家に遊びに行くことにしました。彼は州を三つ挟んだところに住んでいて、そこに行くには飛行機、電車、車などの方法があります。当然飛行機が一番速い(90分)のですが、その分高い。子供達の分も入れて3人分のチケットとなると母子家庭にはとっても辛いのです。電車と車はほぼ値段も一緒、かかる時間も一緒(10時間)なのですが、今回は電車にしてみました。

というのも、出発直前まで精一杯頑張るつもりでしたが、課題を終わらせられない予感でいっぱいだったからです。車だと荷物も運べるし、道中楽しくていいけれど10時間運転”しか”できません。その点電車なら、と思ったのです。

さて、アメリカと言えば飛行機と思う人が多いかもしれないのですが、電車の旅もそれなりにいいものです。飛行機なら一時間半で着く距離を10時間かけて進むのですからそれなりにドラマもいっぱい。今回はピッツバーグからシカゴに行く電車に乗りました。

長距離列車は一日に一本しか出ていないので、日本の5分おきにじゃんじゃん出発する新幹線を思い浮かべてはいけません。貴重な一本。乗る方も乗せる方も準備が大変、と言う訳でなぜか1時間も前から待ち合い場所に来るように指示されます。が、行ってみても荷物が軽い場合はチェックインする必要もなく、ただベンチに座って待っているだけ。余談ですが、一度出発5分前に駅に着いたことがありますが、それでも多少走らされるものの十分乗れました。

待合所を見渡すと偏見なのかなんなのか、ちょっと風変わりな人が多いい気がします。オーソドックスなユダヤ人の一家、荷物が全て黒いゴミ袋の黒人のおじさん、ヒッピーみたいな格好の細すぎるお兄ちゃん(なにか悪い薬でも?)、アジア人の留学生の団体、そして極めつけは大量のアーミッシュ。アーミッシュというのは今も昔からの伝統を厳しく守って暮らす主義の人々で、電気も車も使わず自給自足の生活をし、『大草原の小さな家』に出て来る人のような格好をし、自分たちのコミュニティーの中だけで生活しています。学校も自分たちで運営し、外の世界からの影響をなるだけ排除して平和に暮らしています。ペンシルベニア州では決して珍しくない人々です。でも、普段アーミッシュファームに野菜を買いに行くことはあっても、彼らを間近でみることはあまりないのでついつい興味本位で観察してみました。男の人はみんなボールを頭に乗せて切りそろえたような髪型で(でもすごく似合ってて、ハンサムが多い!)麦わら帽子をかぶり、女の人はちょうどローラのお母さんみたいなエプロンドレスにボンネット。お団子頭でよくしゃべる。言葉も普段耳にする英語とは微妙に違っていて何を話しているのか全部は分かりませんが、何家族も集まってとても楽しそうに持参したピクニックバスケットから次々と食べ物を取り出しては、みんなで笑っています。どう言う気持ちで今のこの現代に暮らしているのか想像もつきませんが、それはそれで平和で幸せなんだろうな、と思いました。

ようやく電車に乗る時間。ここでも日本のような自動改札はありません。車掌さんが一人一人の切符をスキャンした上で、紙に手書きの座席番号を渡されます。そしてどの車両のどこに乗るか教えられ、あとはそれに従って自分の席を探します。車体はかなり年季が入っていますが、映画に出て来るような大きな電車で乗るときは階段を上ります。ちょっとワクワク。座席はどれも二人並びのため、我が家はいつも子供達が二人で座り、私はいつも知らない人の隣になります。どんな人が横に座るのか、これはけっこうドキドキです。夜行列車なので到着までちゃんと寝たい。けれどそれは全て隣の人に懸かっていると言っても過言ではありません。こういうとき、だいたいみんながお行儀のいい日本はいいよなと思ったりします。巨体で大音量の音楽を聴き続ける黒人のお兄さん、又はおしゃべり好きな白人のおばさんなどの隣に座らされると、翌朝シカゴでパンダみたいな顔で彼に会うことになります。

そんな、不運を引き当てたときは、ラウンジカー(自由に座っていい外を眺めるための車両)やドレスルームがお勧めです。特にドレスルームは女性専用で、トイレも小さなソファーもついていて一人でいられる限りかなり快適に過ごせます。でも、自分の席に座っていないと、自分の目的地に着いた時に車掌さんに起こしてもらえないのでその点注意が必要です。また、電車はたいていいつも満席なのですが、たとえ空いていても自分のではない場所に座っているとたいてい叱られます。叱られるというのは比喩ではなく、お客様は神様です、の日本人にはあり得ない勢いで叱り飛ばされます。

今回は、私の横には荷物はあるものの(そして荷物の様子からちょっとあやしい男性が想像されました)本人はどこかにいるらしく、結局朝になるまで私は一人でゆっくり眠ることができました。

出発するとすぐいろいろな車内アナウンスがあります。内容は食堂車の案内や注意事項など日本の電車と変わらないのですが、アナウンスする人によって様々でとっても面白いです。例えば携帯電話での通話は控えてくださいというアナウンスのとき『はい、今これを聞きながら正に電話で喋くっている、そこのあなた、隣の人の顔を見てください』と言ったり。そう言うぷっと笑ってしまう自由が普通にまかり通るところがやっぱりアメリカ。

こうして座席に無事落ち着いて読みかけの本を横において、ぼんやり過ごしているといつの間にかうとうとしたようで、気がついたら次の停車駅はシカゴです。と。、、、で、結局せっかく勉強するために電車にしたのにパソコンを開きもしなかったのでした。がーん。

簡単金曜日ご飯

今日は我が家の食事情です。

今までいくつかの国に住んできました。食べることが好きなので、どこの国でもいろいろレシピを集めました。一番食べ物が口にあってレシピも豊富だったのはやっぱりイタリア!住んだ期間が長かったこともあって、友達やそのお母さん達にたくさん教えてもらいました。

イタリアの料理は完成品はとても美味しいのに手順は驚くほど単純です。そして美味しさの秘訣はそれぞれの家のマンマの腕です。ちゃっちゃと手早くおいしいパスタやおかずをテーブルに載せてくれるお母さん達。そりゃー、イタリア人男性がおおむねマザコンなのも納得です。

住む場所が変わっても集めたレシピは常に持ち歩いていて、そんなことから我が家の料理は一般のアメリカ人家庭に比べるとバラエティー豊かです。ちなみにいい悪いは分かりませんが、アメリカ人の中には週に4、5日同じもの(しかも毎週同じ!)を食べているような人もいます。先日日本から交換留学に来ている女の子と話したのですが、彼女のホストファミリーは週4日チーズピザを食べるそうです。『え?また?!』とつい言ってしまったが最後『じゃぁ、自分で作りなさい』と。もちろんみんながみんなそうではないのですが、日本のお母さん(又はお父さん)達に比べて夕ご飯作りにかける意気込みと時間はかなりしょぼいです。

週日の疲れもたまってくる金曜日の夜ご飯は前述したような理由からイタリアンが多いです。今日作ろうと思うのはフリッタータとサラダとガーリックブレッド。フリッタータは分厚いオムレツです。中に入れる具(何でも美味しい)をオリーブオイルでじっくりいためて、卵と牛乳とチーズを混ぜた液を流し込んで弱火で両面をしっかり焼きます。ひっくり返すのがちょっと大変ですが、きれいなまんまるのキツネ卵がお皿に載ると、何とも言えない達成感が。

簡単な材料でできてしまう割に、大きくできるのでお腹もいっぱいになるし、サラダとパンをつければ立派な晩ご飯になります。お財布にも優しいイタリアンレシピ、試してみてくださいね!

簡単リースの作り方

母親生活

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ヴァレンタインデーが終わったあとの行事は3月17日のセントパトリックスデー。もともとアイルランドの守護神聖パトリックを記念して、同地で始まった行事のようです。それを移民してきたアイルランド人達がアメリカに持ち込み、今ではすっかりアメリカの行事の一つになっています。聖パトリックがキリスト教の三位一体説を説明するために三つ葉のクローバー(シャムロック)を使ったとされることから、この日のモチーフはクローバーで、子供達は学校に何か緑色のものを身につけて行くのが習わしです。この日は全米各地のアイリッシュパブも大忙しだし子供向けのパレードもあちこちでありますが、一番盛り上がっているのはアイルランド移民の多いニューヨーク市ではないでしょうか。

移民の歴史にはちっとも詳しくないのですが、苦労したアイルランド移民の話は目にすることが多いです。「Angela's Ashes」と言うメモワールが好きなのですが、内容はアイルランドの大飢饉を逃れて新天地に希望を託した子だくさんの一家が、ニューヨークでもっと苦労するというお話です。他にもたくさん読んだアイルランド移民の話には大体のパターンがあり、まず子供がやたらに多くお母さんは大体常に妊娠中。そして子供達の中の一人、又はそれ以上が赤ちゃんの時に栄養が足りなくて亡くなります。そのショックと妊娠でお母さんは寝込んでいるのに、お父さんは飲んだくれてわずかな賃金も使って来てしまう、という。多くが子供の視点で書かれており、夕ご飯がお湯だったり、家の中の水たまりが凍っていたりとかなり悲惨です。それでもどこの家庭も自分たちの祖国アイルランドに愛着と誇りを持っていて、お父さんはよく酔っぱらって愛国の歌を子供達に教える、というところまでよく似ています。

さて、今日の本題です。

我が家は日系なのでアイルランドとは何も関係ないのですが、季節ごとの行事として楽しんでいます。今年は娘がリース作りに凝っているので一緒にクローバーのリースを作りました。リース作りの何がいいって、大して手間をかけてないのにすごく凝ったもののように見えること!このリースは、円形のフォームに緑色のフェルトを巻いて、そこにフェルトで作ったクローバーをのり付けしただけです。クローバーを作るのが手間のようですが、単純作業が苦痛でなければそうでもありません。(もしクローバーの作り方を知りたいと言う場合は、コメント欄にメッセージを頂ければリンクをシェアします。)

昔から家庭科の授業などで手作業をしながら友達とおしゃべりするのが大好きだった私。娘達もいつの間にか大きくなって、頼めばたいていのものは器用にこなしてくれるのが嬉しいような、寂しいような。それでも、3人でわいわいとリースを作るのはとても楽しかったです。

大学院への道

大学生活

今回は、大学院に入学するまで、です。

いつか大学院に行きたいな、とずっと考えていました。実際日本から『アメリカ大学院ガイド』などの本を取り寄せたり、トーフル受験準備のための参考書を購入したりしていました。でも、やはり大学院となると敷居が高い。入学するためには大学時代の成績証明書に推薦状にエッセー等々、読んでいるだけでこりゃ駄目だとあきらめていました。

でも人生どこで何が起こるか分からないものです。就いていた仕事で労働ビザを申請して、てっきり労働ビザをもらえるもんだとタカを括っていたある日、弁護士から連絡があり『恐らく労働ビザはもらえないだろう』と。頭をがーんとハンマーで殴られたような気分でした。空気が薄くなるというか、あぁどうしようと言う言葉が頭を駆け巡りよく実感の沸かないまま職場の教室に戻ったのを今でもよく覚えています。

仕事を終えて帰宅してから本格的に頭を抱え込みました。恐らく半年で正式に却下の通達が来るからそれまでに身の振り方を考えておいてください、と弁護士は軽く言うのですがそう言われても、もうどうしたらいいのやら。頭を120%稼働しているような、でも実際は何も具体的に考えられないようなとにかく焦るばかりのとき、友人がふと『大学院行きたいっていつも言ってたじゃない?やってみたら』というんです。そんな簡単に言わないでよーと思いつつ、もしかしたらそれが正解というかそれしか道はないのかもしれないと思いました。

そうとなったらあとは突き進むばかりです。この決心をしたのは11月の終わり。調べてみると、大学院の多くは受験締め切りまで一ヶ月を切っています。とにかく、『焦るな、焦るな』と自分に言い聞かせ、まず受験する大学院を選びました。専門は学部の時から教育学なので、まずそこにしぼり、次はGRE(大学院を受験する際に課される試験)が必要でないプログラムを選びました。GREというのは、多くのアメリカの大学院で受験することを義務づけている試験で、英語と数学からなっています。その試験で何点以上というのが受験資格になっていることが多いのですが、私は留学生枠になるのでこの試験の他にトーフルを受けなくてはなりません。締め切りまで2ヶ月として、この二つの試験で満足なスコアをとるための勉強を、フルタイムで働きながらすることは無理だと判断しました。なので受験の際GREのスコアを出さなくていい大学院を選ビ、トーフルの勉強に専念しました。

同時に卒業した大学に成績証明書を依頼し、それをアメリカの大学基準に振り替えて評価してくれる機関に送ります。世界各国から学生が来るので、果たして学部の卒業証明にそれだけの価値があるのか、まがいの名前だけの大学ではないのかと言うのをアメリカの大学関係者が判断するために、世界の大学を評価する民間企業があるのです。

またまた同時に、今までお世話になった先生方に推薦状を依頼しました。推薦状は多くの場合大学院に直接送付するようになっています。私の場合は、アメリカで取った資格勉強の際にお世話になった先生方に依頼しました。大体の大学の先生は推薦状を書くのは日常茶飯事なので、あまり恐縮せずに頼んでも大丈夫です。

そしてトフルの試験のための勉強を続け、試験を受けます。このスコアも直接大学院に送られます。試験形式が特殊なので、アメリカに長く住んでいるからとタカを括ってはいけません。

最後に履歴書を作成して、それぞれの大学院指定のエッセーなり決意表明なりを書きます。

全ての手配が整ったら、書類を郵送。あとは大学からの合否のお知らせを待つばかりです。日本の大学入試のような一発試験はありません。留学生なので、英語で面接をした大学院もありました。

結果は100%。受験した全てのプログラムから合格通知を頂きました。実は、修士課程の場合、大学院に入学すること自体はそこまで難しくないのです。ちょっと拍子抜けしました。

11月の末から準備を始め、厳しい冬を乗り越えて春風の吹く頃には進学先が決まりました。しかし、これからまだクリアしなくてはならない大きな問題があります。それは学費です。シングルマザーで、育ち盛りの子供を二人抱え、フルタイムで働いていても最低限生きて行くだけで精一杯。それが学生になって、高い学費を払って、、、なんて今から思うと狂気の沙汰です。

どう言う訳でそのまま進んで行けたのかよく覚えてないのですが、奨学金にも大学のアシスタントシップにも申し込み、節約に節約を重ねてなんとか1年ぐらいは学生生活が送れる目途が立った夏のある日(入学まで2か月を切っていました)、大学院からアシスタントシップに選ばれた旨のEメールが来ました。信じられない思いで内容を読むと、授業料が免除になる上に週20時間の仕事がもらえ、少ないながらお給料ももらえると!

本当に心の底からほっとした瞬間でした。これで、なんとかなる!!実際は『これって詐欺では?』というような事態にもなるのですが、それは入学してからの話です。とりあえず、こうして無事に大学院入学の日を迎えたのでした。

永遠の愛?!

アメリカ生活

今回は今朝ほど読み終わった小説についてです。

外国で、外国人に混じって勉強する時に大変なことの一つが物を読むことです。教育学の大学院生となると、読んで理解しなくちゃいけない本や資料や論文の山は永遠にエベレストです。最近ではベッドにまで教科書を持ち込んで寝るまで読み続けていた私。さすがに疲れてきて、たまには眉間にしわのよらない本を読みたいなーと考えていたところ、クラスメートの会話がふと耳に入りました。

『タイムトラベラーズワイフ、読んだ?』『読んだ、読んだ。泣いたよー。』

ふーん、そんなにいいんだ、なら読んでみようと、早速図書館で借りてみるとこれがすごく分厚い本。当分楽しめそうだわ(簡単な小説でもやっぱり時間がかかる)、と読み始めてから二週間。今朝、どうしても終わらせたくて子供を学校に送ってから読書に戻り無事完読。

で、どうだったかというと。泣いた??いえいえ。むしろ怒っている私。調べてみたら2003年に出版された本で、日本語版も出ているしとっくに映画もDVDになっているようなので今更この本に熱くなっているのは恐らく私ぐらいだと思うのですが。それにしても!

内容はラブストーリーで、自分の意志と関係なく時間の後先に飛んでしまう主人公と、その主人公を6歳の頃から知っている(未来から会いに来て)奥さんのお話。奥さんは普通の人ですが、6歳の頃からたまに会いに来る未来の旦那さんが大好きでいつも彼がやってくるのを待っています。そして21歳の時、ついにタイムトラベルしていない現在のご主人と出会い大喜び。これで数分の不定期な出会いを待ち続ける日々は終わったわ、と。でも、今度はご主人の訪れを待つのではなく、ご主人がふと消えてしまうのを見守る側になるんです。そしてご主人の無事な帰りをまた『待つ』日々。なんとなく、本の途中からご主人は43で死んじゃうんだなーというのは分かります。で、実際それが起こった後、が問題なんです。

亡くなったご主人を想い、泣き暮らす奥さんが見つけたのはご主人からの手紙。「君は散々僕を待ち続けた。僕が死んだら、もう待つのはやめて欲しい。そしてどうか泣き暮らさないでキラキラと生きて行って欲しい。」と言うようなことが書いてあり、うぅ、泣けると思っていたのですが。『ここで未来のことを一つだけ伝えたい』。あぁ、きっと奥さんがまた幸せになって、もしかしたら長年彼女を密かに想い続けていた男友達と一緒になってるのを見たよとか教えてあげるのかな。いいえ!『先日、遠い未来の君に会ったんだ。君が年を取ったとき、僕たちはもう一度会えるよ。』って。えええええ!!それはないでしょ?!と思いました。

だって、だって、それでは奥さんはいつになるかわからない、そして会えるったってたった数分であろうその未来をまた『待ち』続けることになるんです。結局結末は奥さんが82の時に、亡くなる前の43のご主人が会うというところで終わるのですが。。。37(ご主人が亡くなった時)から82まで45年間、辛かっただろうなと全然別の意味で泣けてきました。

ただの小説、と言うのは十分分かっているし、分かっていながらこんなにカッカしてしまうのはやはり作者の力量と言うものなのでしょう。そう言う意味では読み応えのある小説でした。でも、何だかすっきりしません。

自分だったらどうだろうとふと考えてみました。私がもし彼より先に死ぬことになったら。ずっと私を想って元気なく暮らしているよりは、他の誰かと笑顔で生きていて欲しいかな。あ、でも、完全には忘れないでたまには私の夢をみたりしてほしい、かも。ずっと不本意にタイムトラベルをして来たご主人も、もしかしたらこんな気持ちだったのかも、知れませんね。カッカとした気持ちが、ちょっと収まりました。

メディテーション

独身生活

今回は困った時の対処法についてです。

精神的に『もうおしまいだ』と思うことはありませんか?精神的とわざわざ書いたのは、私の場合全く同じ状況でも心が折れてしまうととたんに駄目になるからです。今までコーナーに追いつめられたような、もうにっちもさっちもいかない状況に何度か陥りました。労働ビザの申請がうまく行かず、どう考えてもアメリカで生き残って行く目途が立たなかったとき。生活費を稼ぐたよりにしていた仕事から外され、明日の子供達の食事を用意できるかも分からなくなったとき。自分がしていた恋愛が全く間違っていたとハタと気づいてしまったとき。そんな時でも、心さえしっかりしていれば必ずや進む道は開けるんです。

でも、同じ状況、又はもっとましな状況でも、心が『もう駄目だ』と思ってしまったら駄目なんです。例えばお財布に75ドルが入っているのを見て『あ、今週も無事に食糧を買いに行ける』と思う時と『やだ、今週食糧買っちゃったらもうおしまいだ』と思うとき、そんな違いです。引き寄せ、ではないですが後からみると、今週もオッケー!的な考え方をしている時の方がいろいろうまく行くんです。うまく行かなくても少なくとも同じ時を幸せに過ごせているんです。

要は、「気の持ちよう」なんだな、という結論に達してから、だったらどうやって心をいつも地面から5センチ浮いたような状態に保てるんだろうかとあれこれ考えたり、読んだりしてみました。

そして見つけた方法はメディテーション。日本語で言う瞑想ですが、私の軽い気持ちには英語のメディテーションという語感がぴったりです。メディテーションには興味があり、絶対によい効果があると思ってはいたもののいまいちハードルが高い、というかどんな本を読んでもしっくり来なかったのです。そんなある時、飛行場で『10%Happier』という本を見つけました。裏を見てみると『パニック障害に苦しんでいた著者がどうやって瞑想と出会って復活したか』とあり迷わず購入しました。当時はまだたまにパニック発作が起こることもあり、飛行機は機体を見るだけで目眩がしていました(飛行場にいたのは、娘達だけを飛行機に乗せるためでした)。そんな世界で一番避けたい場所で出会っただけに何か運命的なものを感じて買った本ですが、文化的な要素が多くて分かりづらかったものの、私が感じていたメディテーションハードルを見事ぐいっと下げてくれる素晴らしい本でした。

それからはいつでもどこでも気軽にメディテーションをするようになりました。だからといってハードな現実がいきなりバラ色になる訳でもなく辛いことはやってきます。でもそんな時こそ、メディテーションの出番です。とりあえず座って、直面している問題のことは考えず、頭を空っぽにしたり簡単な言葉を繰り返したり、とにかくひたすら座り続ける。そうすると、『どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう』と焦りまくっていた心がすこーしづつ落ち着きます。そうなったら後はひたすら粘って、『でもきっと大丈夫』と思えるのを待ちます。

前述した通り、一番困難なのは苦境を乗り越える方法を見つけるのではなく、立ち向かうために心をしっかり保つことなんです。そこさえできれば、後は『きっと大丈夫』。過去のことは考えても仕方ない。未来のことはもしかしたら明日死ぬかもしれないんだから心配しても仕方ない。とにかく今を大事に、幸せに。メディテーションをするようになってから、こんな風に気楽に生きることができています。